田柄川

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田柄用水

田柄川は、水量に乏しい川だった。集落としてもおおきく、経済的にも豊かだった北町の人々は、玉川上水、田無用水経由で田無から分水し、明治時代には田柄用水を引いた。生活や農業用水として利用していたが、時代と共に、徐々に、必要のないものとなり、成増...
北町1丁目

棚橋

この棚橋では、田柄川にかかっていた橋のうち、唯一昔の石柱を見ることができる。その他の橋は見ることができないが、緑道の車止めには、ひとつひとつ橋の名前が書かれている。
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田柄川緑道

田柄川緑道は、地元から「グリーンベルト」として親しまれている。 昭和47年~48年ごろに、順次緑道に整備され、現在は、川の流れを見ることはできないが、水位計が、この下に川が流れていることを物語っている。 川がまだふさがれる前は、ザリガニなど...
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光が丘消防署 北町出張所

北町の消防署には、田柄川が氾濫するなど、災害時用の舟があるらしい。
明治~戦前

田柄川用水

北町は、高台だったため新河岸川や荒川から水が引けなかった。そこで玉川上水から分水した千川上水を練馬に引き、さらに分水し田柄川用水を引いた。国の費用だけでは足りず、私費を投じて成し遂げた功績により、姓と帯刀を許された千川家の墓が、阿弥陀堂墓地...
田柄川

田柄川の橋

北町1丁目 田柄緑道が川越街道に出る所に 高徳橋跡がある。北町1丁目21番地あたりに高徳寺というお寺があったことから付けられたのだろう。(S)
田柄川

田柄川の氾濫

1958年(昭和33年)9月26日 台風22号で被害をうける。現サークルkの所にボートがでているニュースをテレビでみていたとの事。 美容室でパーマをかけている途中でも雨が降ってくると、「畳をあげなきゃいけないから」と帰ってしまうお客さんがけ...
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田柄川の橋

田柄川は、光が丘公園から田柄・北町・錦・城北公園・桜川を通り、石神井川に注ぐ一級河川だった。昭和39年護岸工事がはじまり、さらに、昭和46~49年暗きょ・緑化される。(新興橋付近に説明書きあり) 雨が降ると川があふれ、「やっかい堀」と呼ばれ...